ノン・ノベル刊
定価829円＋税
ISBN4-396-20584-8
●プロローグ
にいさんの なまえは シロウ。
いもうとの なまえは チヅル。
ふたりきりの きょうだいでした。
おとうさんと おかあさんは とおいところへ いってしまったので ふたりは 森の中の 小さな家に ふたりきりで くらしていました。
ある朝、チヅルが シロウに いいました。
「にいさん あたしね きのうの夜 天使さまに 会ったの。」
シロウは いもうとの いうことを しんじませんでした。だって ふたりはきのう おなじへやで ねていたのですから。
「ほんとうよ。ほんとうに会ったの。おかあさまが よんでくださった ご本に出てきたのと おなじすがたを していらしたわ。」
チヅルはきっと 夢をみたんだ。シロウは おもいました。
でも そうおもっていることを いもうとには いわないでおくことに しました。
「それで、天使さまは なにかおっしゃったの？」
しんじているような ふりをして きいてみると、チヅルは いいました。
「にいさんと いっしょに 森をぬけて 青の沼まで いらっしゃいって。」
「青の沼だって！」
シロウはおどろきました。青の沼というのは ここからあるいて ３日もかかるほど とおくにある沼です。それにとちゅうには けわしい道や こわいけものがいて とてもおそろしいところなのでした。
「にいさん、はやく 青の沼に いきましょう。天使さまが まっているわ。」
チヅルは ねっしんに いいました。
「だめだよ、ふたりで あんなとおいところまで いけるわけが ないじゃないか。」
シロウは はんたいしました。
それでも チヅルが なみだをうかべながら なんどもなんども いうので シロウはとうとう 青の沼まで いくことにしました。
水と たべるものをもって ふたりは 家を出ました。
木が たくさんはえた 森の中を あるいていくと、昼でも うすぐらい ほそい道に はいりました。
シロウは チヅルの 手をひいて 道を あるいていきました。
すると、とつぜん 木のかげから 大きなくまが すがたをあらわました。
おなかを すかせているのか くまは おそろしい声をあげて ふたりに おそいかかろうとしました。
「チヅル、にげるんだ！」
シロウは チヅルを かばうと くまのまえに 立ちはだかりました。
「にいさん！ にいさんもにげて！」
チヅルは さけびましたが、シロウは チヅルの せなかをおして、にがしました。
チヅルは 泣きながら 走りました。そして とうげで たちどまり、シロウをまちました。
でも どんなにまっても、シロウは やってきませんでした。
大きな木に よりかかりながら、チヅルは ずっとまちつづけました。やがて 夜がきて、チヅルは 泣きながら ねむってしまいました。
「チヅル、チヅル、目をさませよ。」
よびかける 声がしました。
びっくりして チヅルが 目をあけると、シロウが 立っていました。
「にいさん、くまに 食べられたんじゃ なかったのね。」
チヅルが たずねると、シロウは わらいながら、
「あんなの へいきさ。」
と いいました。そのしぐさは なんだか おとなっぽく なったように みえました。
「さあ、いこう。青の沼まで まだ道はとおいぞ。」
そういうと シロウは チヅルを いそがせるように あるきはじめました。
とちゅうで 道は けわしい山道に なりました。チヅルは 足がすべって あるけませんでした。
シロウは チヅルを おんぶすると 木のえだを つかみながら 山道を ひょいひょいと あがっていきました。まるで 身のかるい さるのようでした。
とちゅうで おおかみのむれに であいました。おおかみたちは きばをむいて ふたりに かみつこうと しました。チヅルは こわくてこわくて 泣きだしそうになりました。
シロウは 木のえだに 火をつけて それをふりまわしながら おおかみたちを おいはらいました。まるで たたかいになれた へいしのようでした。
とちゅうで 水と たべものが なくなってしまいました。チヅルは おなかがすいて あるけませんでした。
シロウは ひとりで 森の中に はいっていくと、りょうてに かかえきれないほどの 木の実や くだものをもって かえってきました。まるで やさしい おかあさんのようでした。
そして 家を出て ３日めの夜、とうとう ふたりは 青の沼へ やってきました。
それは ほんとうに うつくしい沼でした。月の光を うけて、水が ほうせきのように 青くかがやいていました。
「ここに 天使さまが いらっしゃるのね。」
チヅルがいうと、シロウはほほえみながら、
「そうだよ。」
と こたえました。
チヅルは まちました。でも いくらまっても 天使さまは あらわれませんでした。
「天使さま、あたしです。チヅルです。」
チヅルは 天使さまに よびかけました。
「にいさんと いっしょに ここまで きました。 どうか おすがたを みせてください。」
チヅルは ねっしんに おねがいしました。でも 天使さまは あらわれませんでした。
「どうして おすがたを みせては くださらないのですか？ 天使さまは ほんとうは ここには いらっしゃらないのですか？」
チヅルは かなしくなりました。
「天使は ここに いるよ。」
とつぜん シロウが いいました。
チヅルは びっくりして シロウを みました。
いつのまにか シロウは 天使のすがたに かわっていました。
「チヅル、かくしていて わるかったけど ぼくは あのとき くまに おそわれて しんでしまったんだ。でも しんだとたん ぼくのからだは 光につつまれて 天使のすがたに なったんだよ。」
と シロウは いいました。
「にいさんが 天使さまになったの？ でも そのあとも ずっと にいさんは もとのすがたの ままだったわ。」
チヅルが いうと、シロウは はずかしそうに わらいながら、いいました。
「おまえを おどろかせたくなかったから すがたを かえていたんだ。」
「まあ。」
チヅルは そのとき ほんとうに シロウが 天使になったことを しんじました。そういえば 山道を かるがると のぼっていったのも、おおかみたちを おいはらったのも、どこからか たべものを もってきたのも、ぜんぶ にんげんの しわざでは できなかったことでした。シロウは 天使だから それが できたのです。
「じゃあ あたしに 青の沼にいらっしゃいって いってくださった 天使さまも にいさんなの？」
チヅルがたずねると、シロウは うなずきました。
「そうだよ。天使になったぼくが すこしむかしの おまえの夢に とびこんで ここに くるように いったんだ。」
「どうして そんなことをしたの？ 青の沼に いこうなんて あたしが いわなければ、兄さんは しななくて すんだのに。」
チヅルは そういって 泣きました。シロウは チヅルの あたまを なでながら、いいました。
「どうしても ここに こなければ ならなかったのだよ。ぼくたちが ふたりとも 天使に なるためにね。」
「ふたりとも？ じゃあ あたしも 天使に なれるの？」
「そうだよ。おまえも 天使になって かみさまの もとへと とんでいくんだよ。」
そういうと シロウは チヅルのからだを だきかかえました。
チヅルは ゆっくりと 空に うかびました。そして しだいに そのからだは 光に つつまれていきました。
やがて チヅルの せなかに 白い羽が はえました。シロウが 手をはなしても チヅルは じぶんのちからで とぶことができました。
「ああ、あたし 天使さまに なれたのね！」
チヅルは 大よろこびで いいました。
「そうだよ。もう おまえも りっぱな 天使だ。」
シロウは もういちど チヅルの 手をとると、空の高みへ のぼっていきました。
チヅルは 空を のぼりながら、下を みおろしました。青の沼と ふたりで あるいてきた森、そして、ふたりが すんでいた家が 小さく 見えました。
「ねえ、あたしたち もう ここへは もどってこられないのかしら？」
チヅルは すこしさみしくなって、たずねました。
「そんなことは ないと思うよ。」
シロウはいいました。
「ときどきは ここへ あそびにこよう。」
「ええ。」
チヅルは ほほえみながら シロウといっしょに 空を のぼっていきました。
それからのち、青の沼を おとずれるひとは、ときどき 天使のすがたを みるように なったそうです。ふたりの天使が たのしそうに 沼のうえで 遊んでいるのを みかけたそうです。そして 天使のすがたを みたひとは 自分も とてもしあわせな きもちに なれたそうです。
（この続きは、買って読んでね）